• 灯台守のパウラ

  • ベンクショー灯台は、フィンランドの南端にあります。この灯台は、小さくて樹木のない島に立っています。何百万年もの間に海が岩肌を削り、丸みを帯びた曲線が描かれています。

  • 1906年に建てられたベンクショー灯台は、北欧で一番高い灯台です。1941年の戦争時、この島をめぐって非情な戦いが行われ、その痕跡は塔を登る階段に今も見ることができます。

  • パウラ・ウィルソンは夫とともにこの灯台に16年住んでいます。2人はこの灯台を管理しており、6月から9月には、小さなホテルを経営しています。

  • あらゆる場所から何キロも離れたこの孤立した島は魅惑的なスポットです。夏は夜でも明るいのです。

  • 「われわれは、いわば海に面と向かっているんだ。人間が住んでいるのは、われわれよりはるかにうしろの方、本土にずっと近い島の上さ。すばらしいじゃないか。そう思わないかい」-ムーミンパパの言葉

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ベンクトゥシャールの灯台守 ー パウラ

フィンランド人にとって、ベンクトゥシャール島の灯台を訪れるのは、巡礼に行くような感覚です。人生の中で、誰もがやらなくてはならないことなのです。ここで灯台守を務めるパウラ・ウィルソンが、その不思議な魅力を語ります。

「これはいままでたったなかでいちばん大きな灯台だろうな。これがさいごのさいごの島だということが、おまえたちには信じられるかね。このむこうには、だれも住んでいないんだ。海のほかにはなにもないのさ。われわれは、いわば海に面とむかっているんだ。人間が住んでいるのは、われわれよりはるかうしろのほうの、本土にずっと近い島の上さ。すばらしいじゃないか。そう思わないかい?」

-トーベ・ヤンソン作「ムーミンパパ 海へ行く」よりムーミンパパの言葉

(「講談社 ムーミン童話全集7 小野寺百合子訳より)

 

独特の魅力

私が初めてベンクトゥシャールを訪れたのは、1968年の夏で、夫と婚約したばかりの時でした。そのとき、忘れることのできない衝撃を受けたのです。他の場所から何マイルも離れた、孤立したこの島が、なんとも魅力的だと感じたのです。まるで海の上にいるのに、足はしっかりと、乾いた陸地にあるかのように感じたのです。

灯台の再生

かつては印象的な存在だったベンクトゥシャールの灯台は、1990年代初めまで、かなり荒廃した状態で、25年の間、無人でした。夫と私は、この建物の所有者であるトゥルク大学に、この場所を再生し、貸し出して欲しいとお願いしました。それ以降、私たちはこの建物を元の状態に修復し、自らここを借り受けて、観光客向けの博物館として運営しながら、ここに16年間住んでいます。私たちはこの灯台を管理しながら、建物の中で小さなホテルを経営しています。うれしいことに、ここには1907年に建てられた花崗岩でできたサウナがあって、夜になると宿泊客のために、そのサウナを温めます。

歴史的に重要なランドマーク

ベンクトゥシャール灯台は、北欧諸国で一番高い灯台です。ナショナル・ロマンティシズムの印象的な建築のランドマークは、フィンランドの歴史において、重要な役割を果たしてきました。この灯台は1906年に建てられ、冬戦争が始まるまでの間、5家族が住んでいました。1941年に継続戦争が始まると、この地を巡り、非情な戦いが行われ、その痕跡は今も見ることができます。壮絶な過去が残した雰囲気が、いまだに感じられるのです。。この建物の歴史、そしてこの島にかつて住んでいた人の運命は、ここを訪れる人に深い感銘を与え、住民の心から消えることはありません。

自然のままの美しい場所

ベンクトゥシャール島は小さくて、樹木も生えておらず、面積はわずか2ヘクタールです。何百万年もの間に海が岩肌を削り、丸みを帯びた曲線を描いています。あちらこちらに小さな入江や岩には穴があり、鳥の巣を見つけることができます。夏には何百羽もの鳥がここで暮らします。しかし本当に印象的なのは、天候が絶えず変わることです。海のはるか向こうはとても穏やかなのに、次の瞬間、巨大な波が岩に打ち付けることもあるのです。

どなたにもお越しいただけます

ベンクトゥシャールは我が家ですが、一番大切なのは、この灯台がすべてのフィンランド人のものだということです。文化財の一つであり、国内にある城や教会と同じように国の宝なのです。この灯台は6月から9月まで毎日一般に公開されています。

 

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